千代田海藻とのお別れ。失われていく街の風景。

それは突然に。

いつもと変わるはずのない平日の昼下がり。ランチ時の刺身定食が思いのほか旨く、浮ついた気持ちでTwitterのタイムラインを覗くと、なにやら気になる言葉が飛び交っている。

 

「千代田海藻が解体されているらしい」

「千代田海藻…どうしたの? 工事車両が目の前に」

 

折しも近隣を歩いてはいたものの、千代田海藻のある田代通りを通ってはおらず、数百メートルと離れてはいない場所の出来事をネット越しに知った次第。

 

何かやり取りがあった訳ではないけれど、自分が好きになってからのずっと秋葉原にある風景。失われる前に今一度目に入れておきたいと思わず様子を見に行ってみた。

かつての面影は既に失われつつ。

中央通りを上野方面に、とらあのあなとゲームセンターの間の細路地をついと右に曲がる。ここの向こうに千代田海藻が見えるはず─それらしき場所は既にブルーシートで覆われ、解体工事の真っ最中だった。

千代田海藻を意識し始めたのはいつ頃だろう。ちょうどバブル期の終わり頃だろうか。電気街に広々とした都営の駐車場があり、恐らく再開発待ちなんだろうな。という雰囲気を漂わせつつも、手前側の駐車場が少し整理され、バスケットボールやらスケボー少年で賑わった頃合いのような。

 

その頃PC自作に没頭していたボクは毎週末となると秋葉原に顔を出し、CPUの製造週だ、ジャンク品のハードディスクのフレキシブルケーブルを半田ごてを当てて再生してやるんだ。と意気込んで試みるも挫折。そんな事ばかりを繰り返していた。

 

そんな電機の街が電脳の街に移り変わりつつある当時から、楚々と昔からある雰囲気を湛える店がいくつか秋葉原にはある。玉すだれの店があったり、何かしらの問屋があったりする。

 

そんな中で中央通りに近く、盛り場に近い場所にあったせいだろうか。千代田海藻は一際目立つ感があり、繰り返しそこを通る度に、徐々にボクの中では特別な場所。という意識が勝手に芽生えていたのだった。かつて「やっちゃば」と呼ばれる青果市場がアキバにあった名残なのだろうか。そんな想いをひっそり寄せつつ。

 

冬になると、扉越しにストーブにあたる老夫婦(に見える)二人の姿がちらと見えたりもして、壊れた扉はいったいいつ修繕されるのだろうか。そんな事を考えつつも、脇を抜け、中央通りへと抜けるちょっと秘密の通り道。といった感じで細路地をいつも行ったり来たりしていた。

解体はもうだいぶ進んでいた。

店の正面に回る。そこにはもうかつての面影は無かった。

 

目張りをした壊れかけの扉も、中で静かに腰を下ろす店主の姿も、箱に入り、うず高く積まれた海藻らしきものの山も無い。だだ、半ばがらんどうとして、壊されかけた一軒の古い建物があるだけ。

思わず、解体作業をされている方に話を伺う。

 

─工事はいつくらいまでなのですか?

「今日、明日あたりでひと通り終わる予定だよ。」

「みんなどうしたの? この場所が無くなるのを気にしているみたいだけど」

 

─えぇ、みんなここがなんとなく好きだったんですよ。ボクもそうなんです。

「そうだよねぇ、ずいぶんと長いことある感じだもんね」

 

─工事の後、ここに何か建てられる予定とかあるのですか?

「何も聞いてないよ。ウチらは解体を頼まれただけだから」

 

教えていただいた御礼を告げ、その場を去る。

 

また一つ、思い出の秋葉原の風景が消えていく。

消え去っていくのは名残惜しいが、歩みを止めないこの街もまた一つの顔であり。そう自らに言い聞かせる。だが、やっぱり寂しい。

 

通りがかりに見たあの壊れたガラス戸越しの光景を思い出そうとするも、いつまでもそこにあるという思いでしか通り過ぎていなかった記憶はとても曖昧で。しっかりとしたイメージを頭に描き出せず、少しやるせない気分だが時既に遅し。後ろ髪を引かれる気分でこの場所を後にしたのだった。

 

さようなら、千代田海藻。